「夏恋」





 饐えた匂いを育んで
 夕陽を抱いた入道雲

 ひとすじの境界線が溶けたら
 あとは暮れるしかないんだって
 ずっと昔からみんな知っている

 置き去りの眼鏡に
 知らない世界が映ったとして

 掛けてみたところで
 震えるだけで成れやしないって
 たぶん触れる前から知っている



 足先に夜が来た

 ホットミルクは零れながら
 天の川なんてただの御伽噺だよ、
 そう何度も教えてくれたのに

 地平線が溶けてしまった

 ずぐずぐと暮れる心を
 必死になって震わせながら
 わたしが成りたかったのは人魚姫よ、
 そう当たり散らして泣いた



 息ができなくなった夢の中
 眼鏡のレンズを指で汚す

 小さな抵抗
 足掻いた夏恋





 20100623