「パレットナイフ」





 私は描くのが好きだ。

 不変の不透明がうつくしく
 淡い反射に魅せられるまま
 てらてらと鈍く瞬きながら
 慣れた手つきで直していた

 だのに 筆をなくしてしまって
 爪先を彩りはじめてからというもの
 すべての思い出を持て余している

 甘く乾いてひび割れた色を
 傾きだす陽のひかりに見て気づいた

 ああそうだこれは
 刺し貫くためのものではなかったのだと

 描き溜めてきた面影を宝物として
 これからをきらきらしく夢見るための
 か細く頼りない いとしい腕だったのだと



 私は描くのが好きだった、

 ゆるやかに続いていた日々を
 堂々と口笛に乗せていた沿道を
 上り坂のために薄らとかいた汗までも
 ひと括りに愛せる心の隣りで

 使い古したカンバスを広げて。





 20110118